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The State of Messaging Security 2020: メールおよびメッセージングアプリのセキュリティプロトコルの現在

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The State of Messaging Security 2020:
メールおよびメッセージングアプリのセキュリティプロトコルの現在

  • 公開日: 2020年10月

    • 更新: v1.5(2020年11月1日): LINEのEnd-to-end暗号化について章を追加(6章)
  • 主に、メールおよびメッセージングアプリのセキュリティプロトコル全体について、2020年現在の状況を、具体的な技術観点から、約40ページにわたって図も加えた上で説明している。

  • 本文書を読むだけで、メールの仕様・各セキュリティプロトコルの機能・制約・普及率などの現況、そしてLINEおよびWhatsAppやFacebook MessengerなどのメッセージングアプリのEnd-to-end暗号化プロトコル仕様を把握できるようになることを目指した。

  • 本文書の各章には要点を記載しているため、その箇所のみ読み結論を把握するという読み方もできるようにしている。


想定読者

  • 自分の使っているメールやメッセージングアプリのセキュリティがどのように守られているのか関心のある方
  • PrivacyやTLS、End-to-end暗号化などのセキュリティについて関心のある方
  • ネットワークプロトコルに興味のある方
  • トップシークレット情報を扱うジャーナリストなど、情報の保護が必要となる方

本文リンク

  • The State of Messaging Security 2020:
    メールおよびメッセージングアプリのセキュリティプロトコルの現在
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なぜ上記文書を書いたのか

2013年のスノーデン事件以降、PrivacyおよびSecurityは、インターネットの基盤として最重要視されるようになった。無償でTLS証明書を発行するLet's Encryptが設立され、Mozilla、Googleなどのブラウザベンダ、各大手CDNがスポンサーとなった。そういった活動などにより、日本を含む世界で、Webにおいては暗号化(HTTPS)の普及が一気に進んだ。
しかしながら、メールに関連する暗号化やセキュリティについては、特に日本において、エンドユーザ目線からの議論が十分に行われているとは言い難い。
Googleの公開する透明性レポートにおいて、メールにおけるTLS暗号化の普及率が、世界的には2014年の約30%から2020年には約90%に増加した。しかし、2020年10月時点でGmailなどから外部に送信されたメールドメインのうち、暗号化されず平文で送信されたメールのTop10のうち半分を日本(.jp)ドメインが占める状況になっており、日本ではメールにおける暗号化の議論は活発に行われなかった可能性がある。

メールは依然としてインターネットを支える根幹の技術として位置し続けている。いくら個人間コミュニケーションとしてWhatsApp、LINE、Facebook Messengerなどが普及しようとも、オープンに標準化され、誰もが使えるメッセージングプロトコルとして、メールは特定のメッセージングアプリでは置き換えることの出来ないインターネットの基盤技術である。たとえば多くのサービスは、メールを使ったパスワードリセットを提供しているし、HTTPSを支えるTLS証明書は、メールを使ったドメイン所有の確認により発行することが出来る。

メールが基盤技術として存在する一方、個人間コミュニケーションとしては、スマートフォンの普及と同時にメッセージングアプリが流行した。スノーデン事件も受け現在は主なメッセージングアプリがEnd-to-end暗号化(エンドユーザ間の暗号化)を提供している。その中、2020年10月11日、アメリカ・イギリスを始めとする機密情報の交換ネットワークであるファイブ・アイズおよび日本・インド政府から、「国際声明: End-to-end暗号化と公共の安全 (原題: International statement: End-to-end encryption and public safety)」という声明が発表された (参考: 日本経済新聞: 「対話アプリ、暗号化見直しで声明 日米英など7カ国」)。この声明では、End-to-end暗号化を行っているメッセージングアプリに対して、暗号化された内容にアクセスする手段を設けることを要請している。日本政府も署名に加わっているものの、日本国内においてEnd-to-end暗号化について、活発に議論されているわけではない。
End-to-end暗号化については、様々なアプローチや制約がある。読者がどういった意見を持つにせよ、End-to-end暗号化に賛成・反対といった単純な議論では終わらないテーマであろう。End-to-end暗号化を行うにせよ、「サービス提供者によるあらゆるコミュニケーションの保管が不可能になる方向を目指すべき」「FacebookがWhatsAppで行っているような、メッセージ以外のMetadata(コンタクトリスト・グループ参加情報・位置情報など)の取得は認めるべき」「メールのPGP暗号化のレベルのように、前方秘匿性(PFS)のない状態のみ認めるべき」「LINEのURL遷移先の取得のような、合意を取った上での一定のメッセージ内容の取得は認めるべき」「バックドアやMetadata取得は認めるが、GoogleおよびFacebook、LINEのような透明性レポートの提供を条件とするべき」など、様々な立場を取りうる。

本文書では、上記のようなPrivacyやSecurityについてのトピックを議論するための前提となる、メールの仕様・各セキュリティプロトコルの機能・制約・普及率などの現況、そしてWhatsAppやLINE、Facebook Messengerなどに代表されるメッセージングアプリのEnd-to-end暗号化プロトコル仕様を説明している。メールおよび、現在広く個人間コミュニケーションで使用されているメッセージングアプリのセキュリティ仕様について、2020年現在の状況を読者が把握できることを目指した。 本文書が、今後のより発展した議論に寄与することを期待している。

目次・各章の要点

Chapter 1: はじめに

  • 本文書の問題意識および目的、概要を説明している

Chapter 2: メールの仕組み

要点

  • メールの配送を行うソフトウェア(Sendmail, Postfixなど)をMTAと呼ぶ
  • MTAによるメールの配送にはSMTPという80年代に策定されたプロトコルが使用される
    • そのままの使用だと平文での通信となる
    • 上記の問題の補強を行うために、Chapter 3から説明するセキュリティプロトコルが存在する
  • メールにはEnvelope(封筒)と、Headerというものがあり、両方にメール送信元と送信先が記載されている
    • Envelope From/To: メールの配送のためにMTAが使用する送信元/送信先
    • Header From/To: エンドユーザのメーラーに表示される送信元/送信先
  • エンドユーザが送信元として認識しているのは、メーラーで表示されるHeader Fromである

Chapter 3: SMTP Over TLS(STARTTLS)の守るもの

要点

  • メールのMTA間での経路暗号化を行う方法としてはSTARTTLSが普及している
  • Googleの透明性レポートによると、2020年10月時点で世界的には90%程度が暗号化に対応しているが、日本国内の大手メールサービスなどはサポートしていないケースも多く見受けられる
  • STARTTLSの特徴
    • STARTTLSは、盗聴などの受動的攻撃を防ぐ手段であり、通信に介入されるなどの能動的な攻撃には無力である
    • MTA Server(受信側)での送信元の認証、MTA Client(送信側)での接続先の認証などは提供されない
    • エンドユーザが、メール中継する各MTAにTLS暗号化を強制することはできない
  • 能動的な攻撃も防ぐための手段として2018年にMTA-STSという仕様がIETFにて策定され、アメリカの大手メールサービスを始めとする一部のサービスが利用を始めている段階である
    • MTA-STSを用いると、MTA Clientが接続先が正しいことを認証出来る
    • ただし、MTA-STSを用いてもエンドユーザがメール中継する各MTAにTLS暗号化を強制することはできない
    • STARTTLSの普及率を考えると、全てのMTAがMTA-STSをサポートする日が来るかは疑問

Chapter 4: メール送信元認証が守るもの

要点

  • 送信元メールアドレスを認証する場合、エンドユーザのメーラーに表示されるHeader Fromを確認する必要がある
  • 2011年に策定されたDMARCは、メールのHeader From(送信元)ドメインをインターネット上のMTA間で認証する手段を提供する
    • メールの送信元メールアドレス全体をEnd-to-endで認証する手段ではない
  • ただし2020年10月時点で送信元メールドメイン認証の強制化は普及しきっておらず、いまだに強制を望む送信者(MTA Client)は少数派である。
  • 受け取ったメールの送信元が正しいと信用することは、いまだに非常に困難な状況である。

Chapter 5: End-to-end暗号化のための仕様(PGPとS/MIME)

要点

  • PGPおよびS/MIMEは、End-to-end暗号化もしくは署名を提供する
  • 暗号化の制約
    • End-to-end暗号化での暗号化範囲は本文(Body)である。メール配送のために必要なEnvelopeおよびメールヘッダ(Date, From, To, 件名など)は暗号化されていない。つまり、「誰が誰に、どういう件名のメールをいつ送ったのか」という情報は暗号化されない。各MTAやメールを保管するメールボックスサーバ上では、それらの情報は平文で取り扱われる。もちろん、各サーバでメール配送のログやヘッダ情報を保管することが出来るし、Chapter 3で説明したように、SMTP Over TLS(STARTTLS)による経路暗号化が行われている保証もない。
    • その他、前方秘匿性(PFS)と呼ばれる特性がないなど、暗号化には様々な制約がある。
  • S/MIMEにおける署名は利用しているメール送信者がいるものの、暗号化という観点では、PGPおよびS/MIMEは利便性が悪く一般的に普及しておらず、一部のメッセージを秘匿しなければならない人々にのみ利用されている
  • 大きな脆弱性が2018年に見つかったこともあり、WhatsAppやSignalといった、利便性も高くPGPよりもセキュアなEnd-to-end暗号化を提供するメッセージングアプリが普及している今、PGPを利用するケースは非常にまれと言える

Chapter 6: LINE - メール以外のメッセージングアプリの普及とEnd-to-end暗号化の始まり

要点

  • 国家によるSIGINT・サーベイランスプログラムなどによる通信の監視が国際的な問題となっていた中、LINE社は2015年にEnd-to-end暗号化を開始した
  • LINEのメールとのメッセージ配信モデルの違いとして、主に下記がある
    • 経路暗号化の必須化
      • インターネット上の盗聴に対する耐性がある。
    • 送信元・送信先の保証
      • メールのような分散型ではなく、**サーバと通信する形式であり、**サーバによりメッセージの送信元・送信先は保証されている
    • デフォルトでEnd-to-end暗号化が有効になっている
  • LINEのEnd-to-end暗号化仕様であるLetter Sealingの仕様の特徴
    • 相手がオフラインであっても、相手との鍵交換が可能
    • 固定の長期秘密鍵を利用するためPFS(前方秘匿性)はない
    • **サーバが信用できない場合も手動での相手の認証が可能
    • 送信者ID, 受信者IDなどのMetadataは、メッセージ配送に用いられるため、プロトコル上、End-to-end暗号化されない
  • Metadata
    • LINEの情報利用規約に同意した場合は、LINE社はメッセージの送信相手、日時、遷移したアクセスURL情報などはLINE社サーバにて保存され、電気通信事業法(いわゆる「通信の秘密」)を遵守した上で、不正防止対策などの同意の範囲で利用するとしている
    • 警察機関などへの第三者提供の件数や内容は透明性レポートにて公開されている

Chapter 7: WhatsAppとSignal - 世界的なE2E暗号化の普及

要点

  • 2016年、アメリカにおいて主に利用されているメッセージングアプリであるWhatsApp(Facebook傘下)はSignal Protocolという暗号化プロトコルを採用したデフォルトEnd-to-end暗号化を開始した
  • Signal ProtocolによるEnd-to-end暗号化を用いると、メールでのPGP暗号化では提供されなかった多くのセキュリティ機能が提供される
    • メールのような分散型ではなく、**サーバと通信する形式であり、**サーバさえ信用できれば、メッセージの送信元・送信先は保証されている
    • **サーバを信用しない場合でも、手動での認証を提供する
    • 暗号鍵はPGPと違い、メッセージ送信先ごとに違う鍵が使用される。秘密鍵から全ての過去のメッセージを復号できる状態ではなく、前方秘匿性(PFS)がある
    • また、過去だけでなく、将来のメッセージも読めないようになっている。(Post-Compromise Security)
  • 同じSignal ProtocolでEnd-to-end暗号化をしていると言っても、各社でMetadataの収集については方針が異なっている。Signalは可能な限り全てのMetadataをEnd-to-endで暗号化する方針である一方、Facebook社のWhatsAppは、**サーバで一定の情報を収集する。
  • Facebook社は、会社全体での政府機関への情報提供などについて、透明性レポートを公開している

Chapter 8: おわりに

  • 最後に、各国政府からのEnd-to-end暗号化への批判などがあることを説明している

参考文献

各脚注で触れた書籍・URL以外に、下記を主に参考にした

  • スノーデン事件を始めとする諜報活動などの確からしい事実関係の把握
    • 土屋 大洋『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房,2015年)
    • 土屋 大洋『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(KADOKAWA、2016年)

※スノーデン事件により告発されたインテリジェンス機関による諜報活動について、一個人には事実関係を把握することが難しいため、研究者による書籍を参考にしている

注意事項

  • 本文書の説明事項を悪用しないでください
  • 本文書は、立場に関わらず、個人間のコミュニケーションを支えるメッセージングプロトコルの仕様を説明し、PrivacyやSecurityに関する議論の前提となる情報を提供することを目的としています。迷惑メールとの脅威と戦い続けているメール事業者、各メッセージングアプリの提供会社を批判する意図はありません。
  • 本文書に誤りがあった場合、速やかに訂正します。本RepositoryのIssueもしくはsuezawa@gmail.comまでご連絡お願いします。

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